広告会社で働いてるけど、税金の使われ方に虚無の気持ち

私はとある広告会社に勤めていて、広告作っている

国との癒着があって、国の仕事も結構ある

プロジェクションマッピングの件は関与してないけど、似たような仕事多い

仕事内容は、広告という納品物をこしらえることと、相手の求めるマーケティングっぽい資料を作ったりすること

 

国に関する仕事には、思うところがある

納めた税金のお金の使われ道として

まずおそらく広報部あたりの部があり、使える予算が決まっていて、広報部もマーケティング戦略的なことを考えて広告会社に発注している

訴求内容は色々だけど、国の催しとか、新しい国系のサービスの認知広げたいとか、選挙なら選挙、といった内容

 

私は最近常々、国系以外の広告仕事に対して

この作業や業務って必要なのか?広告作ること自体不毛じゃ無いか?と思っている

もはや質の良いクリエイティブを作ったところで効果も薄く、xのエンゲージメントを謎にありがたがり、一方で売り上げはあがらない、みたいなことが頻発してるので

認知の広がりに対して売り上げにつながってない

なので、広告物は企業のマーケ部及び社長陣たちの存在理由を作るための、高級なオーダーメイドだと思っている

 

国系の仕事に話を戻すと、

国系の仕事は大体予算が限られており、お金のない案件が多く、子会社への発注もしにくいため、自分たちで動かなければいけない工数も多い。若手仕事もしくは窓際おじさんの存在理由を作るための仕事みたいになっている。

お金ないとはいえ500-1000万くらいはあったりするので、それが税金から出ていると思うとなんとも言えない気持ちになる。

そして、肝心の作る広告に関しては、商品を売るわけでは無いので売り上げという指標は無いことが多く、認知の向上という感じ

議員のXのフォロワー増やすための広告施策とかはそれが顕著だった

 

で、今の日本は重い税金と使われ道が不明瞭な現状があると思うけど、

仕事を通しても無意味なことにお金が消費されてるなというのを日々感じて、申し訳なくなる。

お金の使われ道は主に人件費である。

中抜きとも言われるが、働く身としては労働の対価として正当性をもって働いている(それくらい動かされるから)

労働は主に8割がた不要な、発注元の上司や役員(自治体なら市長、都知事とかも含め)を納得させるための説明資料の制作や会議に対して発生する。

今の日本は役員や市長や都知事あたりだほぼシニア世代だと思うが、

そういった人に時間を使わせることに何も思わないテイカー気質な世代が、

もうちょっと見栄えをよくするためにこうしてほしい、とか、やっぱり前言ってたことと違うかもだから1から考え直して欲しいとか、無邪気に要求することに対して発生する。

 

我々は国から発注を受けているので、受けたからには、そういった上申資料の制作やきめこまやかな対応などをする必要があり、最終的に広告物も納品する。

ただ、その広告物の効果といえば、よくわからないエンゲージメントの多少の向上だったりしかなく、国や自治体側の自己満足になっていると言える

この一連の流れに税金が使われていることを感じると、この仕事が発生する仕組みがあること自体が問題に思えてくる。

 

例えば、結局やることがxでのキャンペーンみたいな、バズり職人が1人で考えられるレベルの、媒体も考査も大きな会社を倒す必要がないレベル感のものなら、

自治体の広報部自体でインハウス化し自分たちで考え、制作会社に直発注するような形で、なるべく会社を仲介せず広報活動してもらうとかってできないのかなとか。

ただ、そうやって自分たちで考えたものを自主的に上申することができないような、出る杭が打たれる風土な感じも想像できるから、

代理店が言ってるからやってみようと責任転嫁することでしか決断できない風土な感じも想像できるから、

国や自治体の現場および上層部の、お金の使い道の決断への意識から変わっていく必要があるなと感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死後の世界、ハムハムランドについて

もう会えない元恋人、付き合っていてもずっと会えていない恋人とか、生きてるけど会えないんじゃ死んでるのと同じだなぁなどと思う反面で、
既に死んでいる人には、もう今後会えないという辛い現実を和らげるため、今は顔を見ていないだけでどこかで生きていて、いつか会えるかもというポジティブな考え方をしたりする。


それが天国とかの死後の世界の存在の考え方につながるのだろう。
科学が発達した時代だし、天国は物質的な存在はないかともおもいつつ、信仰として考えると、天国がどこかにありいつかそこでまた死者に会えると思っていた方が、心をポジティブに生きていける。
親が死ぬ前は、天国は単に神話の中のモチーフくらいだと思っていたしそれについて考えることもなかったが
いなくなった後つらさや少し寂しい気持ちなどがわくと、心を軽くするためにまた天国で会えるかもという思考がうまれ、よく思うようになった。
天国という場所はそういうふうに、辛い思いをした人達が想うことで存在感を増し、生まれた場所なのだなと思った。


そのつながりで、ハムスター飼育界隈がよくツイッターで口にする、ハムスターの死後の世界ハムハムランドについても同じことを思う。
ハムハムランドも生前大切にされたハムちゃん達が、死後そこにいると願う飼い主達が生んだ場所といえる。


お盆にはハムハムランドからハムちゃん達が帰省するし、お盆が終わると帰っていく、というツイートを飼い主達が生前のハムちゃんの写真つきでしていて、

そのツイートに対して、●●ちゃん帰ってきてえらいねー など他飼い主からハムちゃんに対しての温かい反応がある。
そういった、ずっと一命のハムちゃんを忘れない飼い主や愛に溢れたツイートをみて、色々な弔いの形があるなと少し涙がでた。
自分が飼っていたハムスターのことや、親のことも少し思い出したお盆だった。

パチンコにハマる人はフリマアプリでものを売ってみたらどうかなぁ

 

フリマで儲けた時は快感を感じる。自分で作ったものが売れてるっていうよろこびの方が大きいけど、お金を稼いでいる感じ。(増えていく感じ)

労働力をお金に変えるんじゃなくて、自分が作った「物」でお金を稼ぐ感じ。

パチンコも同じで、テツの玉っていう物を売って(換金して)お金を稼ぐ喜びを得ることができる。

多分パチンコは、フリマでいう「物が売れて儲かる感覚」の部分だけを抽出して、それを餌としてくじ引きにしている

鉄の玉=自分が作った物で、鉄の玉が放出される=売れることっていう

そんなおいしいところだけいきなりもらえたらそりゃハマるよな〜と思う

ただ、そのおいしいところをもらえる確率が完全に店側に操作されていて、パチンコをやるに際してほぼ赤字になることが確定しているのなら、得られる快楽に見合ってないからやめたほうがいいかも

パチンコ中毒の人はフリマアプリでアクセサリーとかを作って売って儲けてみたら、健全においしい思いができて良いかもしれないです パチンコに比べたらおいしい思いができるペースは早いかも

 

というかフリマをやる人も、パチンコをやる人も、求めていることはそのおいしい思いっていうところで一緒なのでは?

人間の欲としてそのおいしい思いをしたい欲みたいなのがあるとする

フリマは、まあ始めるにあたって物を作るための技術が必要だけど

パチンコはまあお金さえあれば簡単にできるゲーム

パチンコにハマる人はフリマでいう初期の努力をしていないだけ。

 

んーわかんなくなった。

 

戯言3

私はなぜか初体験の相手とFBで繋がっている。

当時私15歳で相手が23歳くらい。犯罪だ。

当時は捨てられたチックだったんだけど、今になってたまにご飯どう?とか連絡が来たりするが無視している。

 

そんな初体験の相手が結婚していたのはFBで薄々知っていたのだけど、夜中の勢いで写真を漁り、現在の様子を見てみた。

結婚式の様子はなかったけど、結婚相手の女性の顔とか仲睦まじい様子がめっちゃ写真出てきた。幸せそうな夫婦という感じ。普通少しでも情があったら嫉妬心とか湧き上がるのだろうけど、今は全く興味がないから何の感情も湧かなかった。軽く、私も結婚して身を固めたいなと思ったくらい。

5年経つと当時のことを俯瞰して観れる。当時は結構彼のことを好きだったはずなのに、やはり5年も経つと心も落ち着くものだ。

そして、むしろ彼を選ばなくて良かったような気さえしてくるから不思議だ。

 

彼は30歳になり、少しやつれて、当時の面影がなくなって、なんか目がおじいちゃんみたいになってて、おっさんの予感を感じるような風貌になっていた。

知り合いの30代と比べてもなんだかショボショボとしている感じがした。

やっぱり知ってる人の老化を目の当たりにすると衝撃は大きくて、人間みんな20代を過ぎるとこうなるのかな?と心配になる。

 

そう、結婚といえば、最近恋愛観が変わってきて、付き合う前に、結婚するならこういう人っていうビジョンを考えるようになってきた。

まだなんとなくだけど合致する人を選んでいく感じ

定職についてて、無理して接せられて、馬があって面白い人がいい。理想が高いかな?

今までの経験から、キャリアに目がくらんでいいなと思う人は結構いたけど、多分それだと私の場合絶対飽きて浮気とかするから、馬があって面白い人ってのは譲れない

それで逆に、馬があって面白いだけで、フリーターとかだと、尊敬できるポイントがなくて、これまた冷めてしまった。

男性と付き合うたびにどんどんハードルが上がってるような気がするけど、別にそんなことはない。私は顔のかっこよさは見ないからね。

早く結婚してもいいと思えるような男性と付き合いたいな

 

 

 

戯言2

私は自分が捨てられる、または興味を失われることに恐怖を覚えているのかも

それは男女問わず

でも男性の方が、恋愛している間、分かりやすい好意をくれるから、興味を失われた時にショックが大きい。

 

失われることに恐怖を覚えるとかいいながらここ最近の私の恋愛は、まだ好意を持ってくれている相手を振ってばかりだ。相手を傷つけて終わっているから、そこは申し訳なさがある。

 

それでも新しい恋愛を求めて、間違った方法であるとわかりつつ、飲み場やSNSで相手を探す

 

ある記事を読んで分かったのは「この世に素敵なワンナイトラブなんてない」ということ

思い返せば確かにそうで、素敵なワンナイトラブで終わったためしはない

うまくいき、ワンナイトラブから発展して付き合ったという思い出もある。それは良い例だけど

大体のワンナイトラブは行きずりであり、男性側からの連絡がないことに凹んだり、連絡が来たりこなかったりして、無駄に一喜一憂するばかりだ。

この一喜一憂のせいで女として自信を持てなくなったりするから、本当に毒でしかないなあ。

私もよくが強い方で、よくのはけ口としてワンナイトラブしている、男を利用する立場なのだと、ずっと思っていたけど、こんなにも心をかき乱されるということは、逆なのかもしれない

ワンナイトラブは、多分男にいいように扱われているだけなのだな。

 

そして、不思議なのは、女の私はした後にも男性側に興味が持続したり増えたりするけど、男性側はむしろ女性側に興味がなくなる、薄くなるというところが面白いなと思う。

ああでもこれはあくまで相手を恋愛対象としてみていた場合に言えるのかな、、男性側は最初から、穴としか見ていない場合は、興味なんて最初からないしなあ。難しいところ。